ミッション・ステートメント

〜東京北キリスト教会の使命と役割〜

▽イエス・キリストを通して出会った神さまに喜ばれる礼拝をささげます

▽わたしたちが受けている恵みを分かちあっていきます。

▽子どもを愛し、受け入れ、ともに成長する教会になります。

▽地域に仕え、地域から聞く教会を目指します。

2012年5月27日制定

先週のメッセージ

「主にひらかれていく」

2018年9月30日

創世記11章1−9節

 バベルの塔の出来事をご覧になった神さまは、言葉を混乱させ人々を散らされました。「散らす」とは、旧約聖書の中では大体神さまの裁きとして使われる言葉ですが、これは人々の何に対する裁きだったのでしょうか。

 一言で言うと、「多様性の否定」に対する処置だったのではないかと思うのです。前の10章には洪水後ノアの息子たちの系図が記されていますが、4,20,30節に「氏族、言語、地域、民族に従って」住むようになったと、神さまが再建した世界が多様性に富んでいたことが分かります。

 しかし、そのような多様性に満ちた世界は、ハムの子孫にニムロドという勇士がバベルやアッカドなどのシンアル地域に定着していく中で、軍事力によって一つにされていたことが伺えます(10:8-9)。まさにバベルの塔はシンアルの地で起きた出来事です。背景にバビロン帝国の支配があるとも考えられます。1節の「世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた」(1)とは、実は多様性が踏みにじられた人々の叫びだったのでしょう。

 人々は神さまに散らされて、違いを認め合って共に生きることを学んでいくことになるのですが、ぐっとズームアップされてアブラハムの物語が始まるのです。神さまの「散らす」行為は、主イエスを頭とする体の各部分のように認め合う時代の到来まで続いたのが聖書の証だと信じます。差別と排除が正当化される時代のただ中で、教会は主によって多様性が認められていること、そして共に生きることを証していきたいと祈ります。  〔魯 孝錬〕

        

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