2025年2月16日メッセージ「声が聞こえた?顔が見えた?」マルコによる福音書9章2~9節

 私たちの信仰生活には、神の臨在を強く感じる「山の上の経験」がありますが、信仰は特別な瞬間だけでなく、日常の歩みの中でこそ試され、深められます。今日の箇所では、イエスがペトロ、ヤコブ、ヨハネを連れて高い山に登り、栄光に輝く姿を現されました。これは、弟子たちに神の国の栄光を先取りして見せる特別な体験でした。

モーセ(律法の代表)とエリヤ(預言者の代表)が共に現れたことは、律法と預言がイエスにおいて完成することを示しています。ペトロはこの感動的な瞬間を留めたいと「仮小屋を建てましょう」と言いましたが、神は雲の中から「これはわたしの愛する子。これに聞け」と命じられました。栄光を目にすることよりも、イエスの言葉を聞き従うことが信仰の本質であることを示しています。

信仰生活において、特別な体験は私たちに力を与えますが、より大切なのは日常の中で神の言葉に耳を傾けることです。礼拝は、私たちにとって週ごとに登る「山」です。恵みを受けた後は日常に戻り、試練の中で信仰が試されます。しかし、主の言葉に従う中で、神の国の栄光は確かに現れます。イエスに従う道は十字架の道であり、決して楽なものではありません。しかし、その苦しみを越えた先には、神が備えてくださる輝く栄光があります。人生の山や谷を歩む中で、神は常に「わたしの子の声を聞きなさい」と語りかけてくださっています。奇跡や特別な出来事を求めるのではなく、イエスの言葉に耳を傾け、その導きに従うことこそが、真の信仰です。             〔宣教師 郭 修岩〕    

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