2025年3月23日メッセージ「何を語られたのか、隠してはいけない」サムエル記上3章1~19節

 本日の説教では、サムエル記に記された神の呼びかけと、それに対する応答について考えます。サムエルは、母ハンナの深い祈りと神への誓願の中で生まれ、祭司エリに預けられました。ある夜、神が彼に語りかけるも、サムエルは最初それがエリの声だと思います。三度目でエリは神の呼びかけと悟り、サムエルに主への応答を促しました。こうしてサムエルは神の言葉を聞き、預言者として歩み始めます。
 この物語は、私たちがどのように神と出会うかを示唆します。神の呼びかけは日常の中で起こり得るものであり、自然の現象や思いがけない出会いを通して示されることもあります。たとえば、アルフォンス・デーケン神父が図書館で偶然手にした本をきっかけに日本のキリシタンと出会い、信仰を深めたように、神の導きはさまざまな形で現れるのです。
 また、神の言葉を伝えることの重要性も強調されます。サムエルは、神がエリの家を裁くという厳しい言葉を受け取り、それを恐れながらも隠さずに伝えました。信仰者として、私たちも神から与えられた言葉や導きを他者と分かち合う使命があります。
 信仰は静的なものではなく、動的なものです。「クリスチャンである」とは過去の出来事ではなく、「今も信じ続けること」であり、絶えず更新されるものです。イエス・キリストの十字架と復活を覚えながら、私たちもサムエルのように神の呼びかけに応答し、信仰を新たにしていきましょう。                                           〔神学生 奥田 悟〕   

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