ヨセフはエジプトに来てから、状況が悪くなる一方です。しかし、聖書は「主が共におられた」(創39:21)と書いています。主の働きはいつもヨセフと共にある事を言われました。私たちも今起きている事が悪くても、主が共におられる事を知りましょう。
ヨセフは監獄にいます。ファラオの献酌官と料理長が、監獄に入れられます。2人は夢を見て、その意味が分からなく困っていました。ヨセフは神によって2人の夢を解き明かしました。3本のつるは3日で、ファラオに元の仕事に戻されると言います。ヨセフは自分の釈放に期待して、献酌官に語ります。40:14−15節に「ファラオに私のことを話し、この獄から私が出られるようにして下さい。…私が地下牢に投げ込まれるようなことは何もしていないのです」と言います。この物語で大事な事は、ヨセフがこれを機に監獄から出られると言う期待をもった事です。しかし、ヨセフは期待が叶えられそうになった時に、それまで神の働きを信じていたにもかかわらず、神より目の前の人を信頼してしまいました。それから、ヨセフはいつ終わるか分からない時間を2年間も送ります。辛かったでしょうが、再び神を信じるようになったと思います。大事な事は、ヨセフの人生と確かに神が共にいて下さったことです。
神さまは私たちの想像を超えて働いて下さいました。役員たちを初め、教会を広く、深くして下さったと思います。この地に東京北教会として歩みを続けたいと思います。ヨセフの話を通して、神が私たちの歩みに、共におられる事を信頼して歩みを起こして行きたいと思います。 〔牧師 魯 孝錬〕