メッセージ

2226年10月17日メッセージ「開かれた教会、結ばれた教会」コリントの信徒への手紙一16章5~24節

 現代は情報技術によって世界が「広く」つながる一方、自分好みの意見や心地よいニュースだけに囲まれる「狭い」エコーチェンバーの時代です。教会もまた、世界宣教という大義を掲げながらも、実態は特定の世代やいつものメンバーだけで完結する、内向きなサロンに陥る危機にあります。しかしパウロは、世界を見据える「圧倒的な広さ」と、目の前の一人に寄り添う「徹底的な深さ」の両立へと私たちを招いています。
 パウロは詳細な旅の計画を立てていましたが、エフェソで予期せぬ困難に直面したとき、それを計画の挫折とは捉えませんでした。むしろ、反対者が多いその場所こそ「主が今、開いてくださっている門」であると受け入れたのです。真に開かれた教会とは、自分のスケジュールや心地よさに閉じこもらず、摩擦や異質な価値観が渦巻く困難な現場を、神の力が働くチャンスの門として歓迎する群れです。
 また、世界へ開かれた教会であるためには、内側が深く「結ばれている」必要があります。教会は年齢の壁や過去の派閥を越え、互いに自発的に仕え合う「ディアコニア(奉仕)」の連鎖によって一つになります。その交わりは、遠く離れた世界を抽象的に愛するのではなく、今、隣に座っている人と「挨拶」を交わす身近なリアリティから始まります。
 教会の土台は、私たちのために十字架にかかられた主イエスという「狭い一点」にあります。扇の要が一点で固定されているからこそ先が大きく広がるように、主の愛に固く結ばれるとき、教会は国籍や価値観の違いを越えて世界へと「末広がり」に開かれていくのです。「マラナ・タ(主よ、来てください)」。この要に立ち、世界で最も広く、そして深く結ばれた歩みを、今日ここから共に再出発させましょう。 〔宣教師 郭 修岩〕 

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