2021年10月31日 「常識の壁を超えた信仰」  マルコによる福音書2章1~12節

今日の聖書箇所では、私たちの現代社会の常識と違って、多くの非常識のことが起こりました。四人の人が屋根をはがして寝たきりの人を上からつり下ろした行動、中風の人に対して、「あなたの罪は赦される」と主イエスは言われたことばなど、一体どういう意味を伝えたいでしょうか。

第一に、信仰には行動が必要である。

カファルナウム町の人のように、私たちも日々の生活の中で、神のみ心を受け取り、神に喜ばれることだとわかったら、あとは思い切って実行する必要があります。「知っている」「聞いている」だけではダメで、行動しなければならないのです。イエス様の力を聞いただけで終わり、具体的な行動を起こさなければ、イエス様のみ言葉とその力を自分で体験することはできません。

第二に、キリスト者には忍耐と諦めない信仰が必要である。

中風の人を運ぶ4人は回数や時間またプレッシャーもかけて、あきらめずに家の屋根を壊して病人の寝ている床を吊り下ろしてしまったのです。イエスが見たのは彼らの信仰だったと伝えています。私たちの信仰生活でたくさんの問題や困難に直面するわけで、忍耐し、諦めず、続ければ強い信仰を身につけるだけでなく、必ず突破できるのです。

第三に、信仰には常識の壁を超えることが必要である。

ここで、罪の赦しは体の病を治すことよりも重要だと言える。イエス様がなさることは、人間が望んでいることとは異なることがよくあります。主イエスも、人の罪を赦すために、人として生まれてくださった。これも、まさに常識をはるかに超えることがらです。私たちが自分の思った常識の壁を常に超えなければなりません。〔郭 修岩〕

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