2023年1月29日メッセージ「神の沈黙」ヨブ記30章16~26節

ヨブ記3ー27章は、1ー2章のブレないヨブの姿とは違って、嘆いて、3人の友たちと論争します。友たちは人が神の前に正しくありえようかと言い、ヨブは自分の潔白を主張します。長い論争は27章で打ち切られ、神の知恵への賛美がされます。29ー31章はヨブの独白です。

第1に、20節、「あなた(神)はお答えにならない。御前に立っているのに、あなたはご覧にならない」とあります。ヨブは、自分が苦しんで神を求めたのに、神は沈黙を貫かれることを理解できません。でも、ヨブは神を認めていて、なぜこんなに苦しいのに答えてくれないかを、問い続けます。第2に、26節に、「わたしは幸いを望んだのに、災いが来た。光を待っていたのに、闇が来た」とあります。ヨブは神の沈黙に、苛立ち絶望してしまいます。自分を祝福する神を知っているからこそ、神の沈黙が我慢できません。イエスは人々からも、神からも、見捨てられて死にました。神の沈黙のまま死んだイエスこそ、ヨブの気持ちを真に理解されます。第3に、神の沈黙に、私たちはどのように応えて生きていきましょうか。脳卒中体験記の中で、40代後半の医師の文章を読みました。独身でお母さんと2人暮らし。急に脳卒中で半身が麻痺して、医師を辞めました。5年後のある日、病院で80歳の婦人が自分の隣に座るように声を掛けました。彼は横に座り婦人は自分の話をしました。この経験を通して、彼は傾聴ボランティアの道を見つけました。

私たちも人生の中で苦難に合う時があります。それにそれぞれ応えていけるように祈ります。     〔魯 孝錬〕

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