2023年2月5日メッセージ「神の良い知らせ、自由、慰め」イザヤ書61章1~3節

第三イザヤは捕囚後のエルサレムで活躍した予言者です。捕囚から解放され、祖国へ帰った人々を待っていたのは様々な困難でした。困難の中で希望を失いつつある人々に、第三イザヤはエルサレムの復興と神の救いの希望を語ったのです。

61章は第三イザヤの召命が述べられています。彼は、「貧しい人々に良い知らせを伝えさせるために」遣わされます。「貧しい」とは、経済的に貧しいだけでなく、宗教的に倫理的に心貧しいという意味で用いられる言葉です。困難の中で、人々の心が渇き、荒れ果てていたことが想像できます。また、彼は、「捕らわれ人」「つながれている人」に自由と解放を告知するために遣わされました。そして、主が恵みをお与えになる年と神が報復される日を告げるために遣わされました。「報復」とは、「正しい統治が回復されること」を意味します。嘆いている人々に慰めと喜びと賛美が与えられ、今は打ちひしがれている人々が、やがて「主が輝きを現すために植えられた正義の樫の木と呼ばれる」ようになると予言者は告げます。

ルカによる福音書でイエスさまはイザヤ書61章を読むことによって、ご自身が来られた目的を人々に知らせると同時に、このことが今、実現されたと宣言されました。私は、この聖書の箇所から召命が与えられました。しかし、これは私だけではなく、教会に与えられた使命だと思います。教会は、社会の中で様々な痛み苦しみを抱えている人たちの痛みに敏感でありたいと思います。そして、その人たちに寄り添い、聖書から「神の良い知らせ、自由、慰め」を伝えていくことができればと思います。〔細井留美〕

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