メッセージ

2026年3月1日メッセージ「イエスさまに香油を注がれる」ヨハネによる福音書12章1~8節

 この話は、過越祭の6日前のことです。イエスは弟子たちとご自分の死を分かち合いたかったのでしょう。しかし、弟子たちはイエスがラザロを死から生き返らさせた事に興奮し、喜んでいます。私たちもイエスが話したい事にはあまり関心がないようです。聖書を読みながら、イエスの関心事に耳を傾けたいです。
 突然、マリアは香油をイエスの足に注ぎ、自分の髪の毛で拭います。その芳しい香りが部屋中に広がっていたのでしょう。この行動は、マリアのイエスに対する「愛と従順」の表しでしょう。マリアは差別の痛みを抱えて、女性として生きていくことに自信を無くしていたのかも知れません。確かなことは、主に出会ってから、生きる力と希望、勇気を頂いている事です。
 弟子のユダは、この香油をお金にかえて、なぜ貧しい人々に施さなかったのかと指摘します。私たちもこのようなお金があれば、もっと価値ある事が出来ると思うのでしょう。しかし、イエスは、女性を正論や偏見なしに受け入れました。イエスは女性の痛みに寄り添っています。さらに、イエスは女性の行動に、新たに自分の死を準備していると言われます。イエスは弟子たちがご自分の死を受け入れ、神に委ねてくれる事を願われていました。
 私たちの信仰は試練にたやすく崩れ落ちるものです。イエスはマリアを受け入れたように、私たちを受容されます。人は受容されて初めて、新たな歩みができます。私たちも主に受け入れられて初めて、主と共にそれぞれの歩みが可能になります。〔牧師 魯 孝錬〕              

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