2022年10月2日メッセージ「神の国のたとえ」マルコにより福音書4章26~32節

「イエスさまが神の国のたとえを2つ語られました。最初のたとえは「成長する種」のたとえです。このたとえで強調されているのは、種が蒔いた人の知らないうちに芽を出し、実を結ぶことです。それをイエスさまは「土がひとりでに実を結ばせる」と説明します。農夫は、ただ寝起きしているだけではなく、畑に水や肥料をあげたり、草をとったりと、毎日畑を見守っているます。しかし、種が芽を出し成長することに、直接関与することはできません。先回お話したように、種は神のみ言葉(福音)、農夫はみ言葉を宣べ伝える者に置き換えることができるでしょう。そして、ひとりでに実を結ばせるのは、神さまの働きだと考えることができます。神の国は、土に蒔かれた種のように、私たちの知らないうちに、神さまの働きによって、芽を出し実を結ぶのです。私たちにできるのは、種を蒔くこと、すなわちみ言葉をのべ伝えることです。私たちが自分たちにできることに取り組むならば、福音は神さまの働きによって、芽を出し、実を結ぶのです。

もう一つのたとえは、「からし種」のたとえです。神の国は、「からし種のようなものである」とイエスさまは言われます。地上のどんな種よりも小さな種が、蒔くと成長してどんな野菜よりも大きくなる、それが神の国だと言われます。小さな種が、何十倍、何百倍の大きさに成長することに、種のもつ神秘、生命力を感じます。たとえ話を聞く農夫たちも、このことに神さまの働きを感じたことでしょう。

神の国の始まりは、とても小さなものであっても、最後には驚くような大きさにまで成長することをイエスさまは伝えます。私たちにできることは、ほんのわずかですが、その小さな働きを、神さまが何百倍にも大きく成長させてくださることに信頼して、この十条の地に福音の種を蒔いていきたいと思います。                                           [細井留美]

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