ヨセフはお兄さんたちにエジプトに売られて、奴隷となり、監獄に入れられました。そこからエジプトの総理大臣になったヨセフは、飢饉の中で食料を求めてきた兄弟たちを何度も試しました。結局、ヨセフは自分のことを打ち明けました。しかし、お兄さんたちは総理大臣を前に自分たちがした事が恐ろしくなりました。
ヨセフは兄さんたちがやった悪事を、神がなさった業と受け止めていました。ヨセフは確かにお兄さんたちによってエジプトに売られ、様々な苦労をしましたが、それを神の計画として捉え直したのです。主の働きによって、ヨセフはお兄さんたちを赦して、受け入れていました。詩編105編17節に「主は一人の人(ヨセフ)を彼ら(兄弟たち)より、先に送った」と、主がヨセフを先にエジプトに送ったとあります。また使徒言行録7章9ー10節に、ステファノが「神はヨセフと共におられ、あらゆる苦難から助けられ」とあります。あらゆる苦労を経験したヨセフは、いつも神が共におられると告白します。私はこれを「見えない神の働き」だと呼びたいです。現実の中に必ず神の働きがある事を信じる事が大事です。
「あしあと」と言う詩に「『あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません。』…『あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた』」とあります。このように、苦難の時にも神は変わらず私たちと共におられました。私たちも神の働きを信じて、今出来る歩みを起こして行きましょう。 〔牧師 魯 孝錬〕