マグダラのマリアはイエスの墓に行きましたが、遺体がありませんでした。途方に暮れたマリアは墓の中にいた二人にイエスの遺体のことを聞きました。
14節でマリアが「後ろを振り向くと」、イエスが立っていました。ここで、振り向くとは、女性が見ていた墓の方から、180度向き直る事を言います。絶望の方向から、希望の方向に生きる事が示されました。しかし、マリアはイエスに気づかず、園の番人だと思いました。マリアは復活されたイエスと言葉を交わしながら、それがイエスだと気づきませんでした。
再度、イエスはマリアに声を掛けられます。今度は、イエスは「マリア」と呼ばれました。名前はその人を定義づけるものです。ヘブライ語で「愛された子」の意味です。イエスはマリアを「愛された子」と呼んで、ご自分の愛を示して下さいました。そして、再びマリアは墓の方向から、イエスの方向に「振り向いて」、イエスだとはっきり分かりました。絶望の方向から、希望の方向に向き直っています。誰も奪い取ることの出来ない出会いです。マリアは「ラボニ」私の先生と言います。今度はイエスが働いて下さった事に、応答したのです。
私は脳の病気から6年が経ち、週2回のリハビリを受けています。ある時、私はそれまで自分が失ったものばかりを見ている事に気づきました。私は今の私で十分であると言われた気がしました。私はイエスの命に代わるほどの大事な存在であります。家族のサポートや、人々の助けと配慮に心から感謝します。 〔牧師 魯 孝錬〕